ナポリからのGIFT

少しでもナポリに興味を持つ人が増えれば、と思い、書いています。ただ、稀にプライベートの事も。

マラドーナはナポリにとってどんな存在なのか?

 

ディエゴ・マラドーナがこの世を去ってから2週間が経過した。母国アルゼンチンは勿論、彼が黄金期を築き上げたナポリでも、多くのファンによる悲しみの炎がサン・パオロの周りを囲み、他にも街中では所々で彼を追悼する人がいたようだ。

これにより、サン・パオロは正式に「スタディオ・ディエゴ・アルマンドマラドーナ」へと改名。天国へ旅立ったマラドーナの居場所のひとつとなるだろう。

 

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マラドーナ死去直後のサン・パオロ。これだけの人数が1人の選手の死去後に集まることなど、日本では容易に想像しにくい(ナポリ公式より)

 

ナポリアイデンティティとして

話は変わるが、「サッカーキング」の公式YouTubeチャンネルにて、DAZNセリエAの実況を務める北川義隆さんがこんなことを言っていた。

「ローマ人の、ローマ人による、ローマ人ためのローマを見たい!!」

この方が熱狂的なロマニスタであるという事は、多くの人が知っているかと思うが、この発言はローマというクラブのアイデンティティに関わることでもある。僕はロマニスタではないし、ASローマというクラブについて知っていることも多くはないが、僕の知る限りでは、引退してしまったフランチェスコ・トッティダニエレ・デ・ロッシ、現役では(レンタルでチームを離れているが)アレッサンドロ・フロレンツィやロレンツォ・ペッレグリーニといったローマ出身選手がチームを背負ってきたし、北川さんの考えでは背負っていくべきなのだろう。そして、そのようなローマっ子が看板選手となったローマなら、良い時でも悪い時でも応援できる、というようなこともその動画では語られていた。

そして、今のナポリだ。良い時も悪い時も応援できるチームか、というと、まあそれは人それぞれだろう。「悪い時」の中には、例えば昨シーズンのカルロ・アンチェロッティ政権末期のような長く続いた苦しい日々もあるし、マウリツィオ・サッリ政権最後の急転直下のフィオレンティーナ戦のような瞬間もある。ただ、(これはあくまで個人的な感覚だが)前者の時はナポリを応援する人が減っていた、と感じる。それもそうだ。勝てないチームを観るのは正直たまらなく苦痛だし、応援する者も減るだろう。それが(地理的な意味で)ナポリという土地への愛着が薄い日本人なら尚更だ。

だが、同じような「悪い」瞬間でも、マラドーナが亡くなった直後はどうだったか。ナポリの選手達は勿論、現地ナポリのファンも、そして僕ら日本人も、必死になって彼を弔うための勝利を捧げようと頑張っていたはずだ。HNKリエカ(クロアチア)とのヨーロッパ・リーグ(EL)、ローマとのカンピオナートの戦い、どちらもだ。日本人サポーターの中にも放映権がないELを「この試合ばかりは!」と頑張って見て応援しようとする人をTwitter上で見かけたし、日本時間明朝のローマ戦も、マラドーナ仕様のユニフォームということもあってか、見なければと使命感に駆られた人も多かったのではないだろうか。

ある意味、マラドーナナポリというチームの象徴となり、アイデンティティになっていた瞬間でもある。さらにそこでの、サン・パオロ改名劇だ。スタディオ・ディエゴ・アルマンドマラドーナ」という舞台で戦い続ける限り、マラドーナはチームの傍にいて、彼を象徴として、彼の下で、ナポリは戦い続けるだろう

 

 

■文字どおり「永久」となったマラドーナ


マラドーナナポリアイデンティティとなったことで、永久欠番の「10」は、真の意味で永久になることが、おそらく確定した。これまで、ナポリスクデットを取れば、ナポリっ子のロレンツォ・インシーニェがその「10」を受け継ぐ事になるのではないか、という噂がまことしやかに囁かれていたこともあった。しかし、スクデットが実現したとしても、「10」を受け継ぐことは実現しないはずだ。マラドーナナポリにとって永久の存在だからだ。これからもホームゲームではチームを見守り続けるだろうし、それは、かつてのエセキエル・ラベッシやインシーニェがしばしばそうであった、マラドーナとの比較論も消え失せていく流れにもなるだろう。もはやマラドーナは比較されるような対象ではないのだ。「永久」の存在であり、その存在に対して、誰かと比較するのも皆はばかられるのではないだろうか。

 

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マラドーナのために作られた4thユニフォームを身にまとうインシーニェ(ナポリ公式より)

 

■もっと知りたい

面白いのが、別にナポリ出身でもないマラドーナが、この瞬間において、そして今後も長らくの間、ナポリにとってのアイデンティティとしてあり続けるだろうという流れだ。イタリアが一つの国家として統一されてから200年も経過していないが、それから(カルチョの世界では)マラドーナの時代を経て今までにおいて、イタリアの南北問題とは無縁ではない。むしろ、熱狂的なファンを中心としたナポリ市民にとって、その問題もしつこく絡まったからこそ、存命中からマラドーナは敬意を抱かれる存在になっている。少なくとも僕が読んだ本や、マラドーナ死去直後に出された幾つかの記事にはそう書いてあったし、今でも(厳密にいえばコロナ禍以前)ナポリに対する地域差別チャントが続いている現状がある。日本生まれ日本育ちで、しかも現地にすら行ったこともない僕なんかが言うには大変おこがましい話だが、そういったことも勉強していくことで、プレーだけではないマラドーナの凄み、サン・パオロを僅か2週間弱で改名させる(しかも自身の名前に)彼の偉大さ、この世から去ったにもかかわらずファンもろともナポリをまとめるカリスマ性などを理解できるのではないだろうか。

余談だが、そういったことも踏まえた上で、ナポリスクデットを取った直後の1990年のイタリア・ワールドカップ。僕は勿論生まれていないわけだが、あの試合を観たかったとは思わずにはいられない。サン・パオロでの準決勝、イタリア対アルゼンチン。どんな雰囲気だったのだろうか。「もっと昔の時代に生まれたかった!」なんて余程のことがない限り思いやしないが、そう思わせるだけの雰囲気がありそうなゲームだ。「政治とスポーツは関係ない」なんて言葉をよく耳にするが、そうではないカルチョでもあった時代において、マラドーナはどんな存在だったのだろうか。

 

 

■最後に

マラドーナがまるで神のように扱われるこの文章が何か宗教じみたモノになっているかのようで、読んだ方々の反応に一抹の不安を覚えるが、アルゼンチンにはどうやら「マラドーナ教」なるモノがあるようだ。今回ばかりは許してほしい

この文章の序盤において、「アイデンティティ」という言葉をしきりに使ったが、なんだか書いていくうちに、それだけではないような気もしてきた。タイトルにも書いたが、マラドーナナポリにとってどんな存在なのか?」きっと定義のしようがないのだろう。強いて言うならば、定義のしようがないほどの存在なのかもしれない(盛大なタイトルを書いておいて、結局分からず仕舞いで恐縮だ)。

 

さて、僕がこの記事をあげる直前(約5時間前)には、スポーツ雑誌『Number』Web版にて、同様に(とはいえクオリティ等は遥かかなた上を行く)ナポリマラドーナに関する記事が掲載されていたので、以下に置いておこう。

number.bunshun.jp

今シーズンのナポリに目を移してみると、ジェンナーロ・ガットゥーゾ体制2年目、ここまで奮闘していると言えるだろう。ピオトル・ジエリンスキやインシーニェらが離脱しつつ、更にはユヴェントス戦の不戦敗がありながらも今の順位(12月9日時点で3位)は悪くない。

例の『Number』の記事の最後部分を引用させて頂くが、ガットゥーゾに対してマラドーナはこう言っていたようだ。

「私にとって何よりの誇りは、ナポリでプレーしたこと、ナポリの選手だったことだ。チームはおまえのものだ。思うままにやるがいい。私はいつもナポリを見守っている」

この言葉を受けた指揮官、選手、それだけではない、応援するファンもどうリアクションしていくのか、非常に楽しみだ。ナポリのホームスタジアムでは文字どおり、マラドーナが、その魂を受け継ぐチームを見守っているはずだ。